晩年

宮崎駿は転向したと言うけどそれはなにかはっきりと分かる劇的な物ではなくオセロがだんだん負けていくようなものだったんだと思う。

ジブリ原発に反対しますとスタジオの窓に一枚ずつ一文字の大きな紙を貼ってたときもおそらく原発の電気を使ってたわけだし反対しながらも原発の電気を使わざるを得ない現実が少しずつ矛盾を、自己欺瞞を責め続け、100%正しいまま生きて死んだ高畑勲よりは複雑な内面を作ったのだろう。 

仮に鈴木敏夫じゃないPと組んだならどういう作品を作ったかはもう知りようがない。

何も彼に期待していない。晩節を汚すことないようにと願う。