蜘蛛が嫌い

虫が好きな人は蜘蛛が嫌いというのを何回か聞いたことがある。有名なコレクターが蜘蛛が嫌いだったというエピソードのついでにその人の意見として言ってたけどどれくらい一般的なのかわからない。

そもそも普通の人は蜘蛛は虫じゃないとはっきり意識しているだろうか。厳密にはそうだけど虫みたいなものじゃないかと一緒くたにしてもそこまでおかしくないんじゃないか。

クジラやイルカを魚扱いすると馬鹿にされるけど蜘蛛を虫と誤認していても種類なんてどうでもいいと言われそうだ。今ウィキペを調べたらわりと大きなくくりでは虫扱いしてもいいように感じる。

一般にはどうかがたまにわからない。あまり支障はないが。

 

科学じゃない

また空想科学読本の話になっていた。あの本が面白い人とは話が合わない。色々あるんだけどツッコミがおかしい。平成ガメラの石が光るのはおかしい、摂氏何百度じゃないと石は光らないとかいっててアホじゃないかと思った。生物発光も化学発光もあるだろうに。

そもそも作品が成立しているものとして可能な理屈を探す、というやり方ならいいんだけど、もしこうだと仮定したらここもこれもおかしいと難癖をつけている。

買っていないんで少し立ち読みしたんだけど本屋も覚えている。あの本屋ももうない。

スティグマとスティグマタ

都知事学歴詐称がまた蒸し返されている。双方決め手に欠けてはいるけど証言を信じるならまあ卒業はしていないんだろうなと思う。そしてそれはあまり影響しないかもしれない。

石原のときもそうだったけどどれだけ問題発言をしてもスキャンダルがあっても逆に支持者には支持する理由になっているように感じる。

スティグマスティグマタって何が違うんだろうと思ったら複数形にタがつくらしい。

元ネタ

古本屋に行ったら東大の入学式の祝辞だけ集めた本があった。多分痩せたソクラテスの話なんかもあるんだろう。豚未満を思い出した。

昔校長先生の話の元ネタ用の本というのが売ってて騙されたような裏切られたような気になった。

8番出口のコラボというcmがコラボじゃないのがダサかった。

パロディなどはセンスがないのが出てくるときつい。

思い出したこと

昔品川で働いていた頃目白駅から椎名町まで歩いて帰っていた。夜8時ころ、目白通りの裏にある車の通らない裏道で、赤ちゃんの鳴き声を聞いた。そこは住宅街で、大きいお屋敷が多い。どこかに赤ちゃんのいる家があるんだろうなと思っていた。そしてしばらく歩いても赤ちゃんの声が聞こえる。まだ、もしくはまた泣いてるのかと思って歩き続けた。しかしその後も聞こえるので不思議に思った。どこかで別の赤ちゃんが泣いているのか。複数赤ちゃんがいた場合赤ちゃん三人分くらいは歩いたはずじゃないか、と思って立ち止まったら、だんだん赤ちゃんの鳴き声が大きくなった。街灯の明かりの下恐る恐る振り返ると、泣いている赤ちゃんを乗せた乳母車を押した女性がゆっくり追い越していった。

プラモの謎

昔F1のプラモを作っていたとき、エンジンの部分が銀パーツを使っていてかっこよく、完成時に隠れてしまうのがもったいなく感じたことがあった。他のプラモでも最終的には目に見えなくなる部分を作って順番に組み立てていく。プラモデルというのは不思議なものだ。過程が楽しいといえばそれまでだけど普通はそうでもない。

ガンプラをパチ組するのさえ面倒くさがって制作代行に出す人がいるらしい。

時給によってはつらい仕事かもしれない。

逆説的な人

数学の本を読んでいたら経済学の話が出てきて、需要供給曲線や乗数効果の説明をするんだけど前提として賃金がもらえなくても働きたい労働者というのが出てきて、どうにも想像ができなかった。働かないのにお金が欲しい人はたくさん見てきたけど逆は見たことない。

プラモデルは昔誰が作っても同じになると批判されていたらしい。あれは出来上がったものはそんなに価値がない。もちろんプロが作ると価格がつくが。趣味じゃない人にとっては金を払って作業をするような、労働を売っているような不思議なものだ。百年以上前の骨董品のプラモでも作ると零円になると認識されている、らしい。作れる可能性がいいのかもしれない。