音楽と実在しない人

音楽を教える二時間の番組を見た。また一昨日にはアニソンのコンテストをネットで見た。
漠然と音楽について考えていた。音楽に声があると、声は容姿を思い起こさせる。女性だと一層その傾向がある。こんな歌美人なのに歌わなくても、とかその逆、とか。
80年代に映像を私的に所有できる技術が普及した。MTVもその頃で、音楽と映像が一つながりで消費されるようになった。
アニソンという概念は、一昨日考えていた、もしHTTが仮に実在するならば発生する、女性が日本語でロックを歌う二重の困難のようなものをなし崩しに無効にする。
それは音楽とアニメの集合の主従を逆転させるというか、アニソンにもともと苦悩や葛藤や内面が求められていないというか、アニソンはある意味で実在しない。
アニソンもラノベ同様パッケージ、売り方に過ぎない。
音楽について語る側におけるアニソンの存在の薄さも、アニメについて語る側の音楽の特別扱いも不幸なことだ。とはいってもどうしようもないけど。
たとえばテレビドラマの主題歌になった歌をドラソンと呼び、そういった仕事が多い人をドラソン歌手と呼び、他の職業音楽家と事あるごとに区別する、そんな状況になったなら、アニソンという概念の特殊さや無意味さが際立つんじゃなかろうか。