カオスラウンジの四つ目の言い訳

待ちに待ったメインが来た。梅沢和木が個展をする。
今までカオスラウンジ側から出た、ネットの絵を無許可でパクってもいい理由は大体三つに分けられる。
最初はアート無罪(ウォーホル無罪)。二つ目は同人無罪(同人同罪とも)。三つ目はアーキテクチャ無罪(グーグル無罪)。
今回のテーマは無主物だそうな。ネット上の作者のない画像を使ってアートをするらしい。無主物無罪。
法学を二回も落とした私でさえ判るが、それはない。そしてもちろん法を振りかざして弱者から搾取する東電と同じような嫌われ者として生きていく決意表明なんだろう。
大槻ケンヂがラジオでアニマルカットについて語ったことがあった。ステージ上で動物を殺すパフォーマンス。とにかくやめろ、と言っていた。動物を殺すことでしか表現できない何かが、世の中への悪意やら鬱屈やら、あるのかもしれないけど、それ以外の方法でやれ、と。目立ちたくて過激なことをして行き過ぎることはあるけど、動物は関係ない。猫を殺すほどの切実な何か。必然性。そんなものはない。
カオスラウンジにあてはめると、同人誌や商業誌を破り切り刻み踏みつける行為には何かがあると思わせた。村上隆は何かがあると勘違いし高く評価した。
しかしキメこな後ネットコミュニティとの対話も交渉も出来ない、謝るべきタイミングでケンカを売る馬鹿さに、あれはオタ絵の描けない連中の百姓一揆だったと批判した。問題は法ではなく仁義だと。
彼らは猫と気づかずに切り刻み、怒られると喜ばれると思っていたというくらい自分達が何をしているのか分かっていなかった。
今はおそらく分かっている。何をすると何をされるのか。どんな意味を持つのか。
今後も猫を確信犯として殺し続ける宣言だろう。訴えるにはコストがかかりすぎる弱者を今まで通り狙い撃つか、判別できなくなるまで粉々にするか。
たぶんより狡猾な、より邪悪な、より法的に立件することが難しく、よりオタクに対して嘲笑的な作品なんだろう。どんな作品かまだ見てないけど。