経験

六人部屋に入院していた時に向かいのベッドに爺さんがいて、ある日見舞いに来た婆さんに自分が見た夢の話をしていた。爺さんは声が小さく何を言っているのかほとんど聞き取れなかったが、婆さんがいちいち大声で復唱した。爺さんは耳も悪いらしい。
寝てたんですか。そうですか。夢。どんな夢を見たんですか。東尋坊
行きましょうね。治ったらまた行きましょうね。体が治ったら東尋坊に。東尋坊。おじいさんが言い出したんでしょう東尋坊って。
もう一人見舞いに来ていたおばさんがおばあさんに聞く。
行ったことがあるんですか。東尋坊に。
なければ夢に見ないでしょう。
私は行ったことのないところの夢ばかり見ていたし、今も見る。年をとると変わるんだろうか。