超越

誰も死なない世界があったとしたらどんな宗教が出来るだろうか。そこでは結局発生しないだろうか。債権から貨幣が生まれたようにすべてが許されるならば罪も罰もなく、迷いも悟りもないだろうか。時間があるという認識が人に出きるだろうか。すべてが可逆的なら何かが変化したという認識もできないだろうか。
日能研全国三位の墓を建てる以外死後の世界に希みのない独我論者の哲学者は意外とニューエイジ思想に近いのかもしれないとある文章を読んで思った。