コンクリート

コンクリートにいい思い出はない。木造の一軒家で生まれ育った。コンクリートを初めて強く意識したのは刑務所跡地だった。そこは海が近かったが、高い塀があって水平線を見ることは出来なかった。建造物は入念に壊されていたが塀は残っていた。雑草が一面に生い茂り、ところどころコンクリートの瓦礫や壁や床の跡があって、秋にはバッタがたくさん取れた。
子供の頃父に連れられて私は弟と刑務所跡に行き、バッタを取ったことがあった。大量に捕まったバッタを持って帰る前に、どうせすぐ死ぬんだから逃がしていこうと言って私は虫かごを開けて中身を振りまいた。
父はのちのちお前は子供らしくないと言って怒るときによくこの話を持ち出した。私はどうしても越えられない高い塀を見つめているうちに、同じように屋外で塀を見ていた囚人や室内でコンクリートの壁を見つめていた囚人のことを考えてしまい、バッタを逃がしたくなったのだが、説明したことはなかった。今まで一度も言わなかった。そんな説明は子供らしくないので黙っていた。子供らしくないといわれるのはとても嫌だった。
成人後に別の刑務所の近くに引越し、毎日高い塀の脇を歩いた。春には塀の外に並んだ桜並木が綺麗だったが、内側からは見れないようになっていた。
この刑務所は後に改築し高層化したのだが、囚人から見下ろされたくないと言う周辺住民の希望があって、空しか見えない窓が特別につけられたらしい。私は希望を聞かれなかった。
悪いことをするとコンクリートを見つめてすごすことになると言う了解は幼い頃深く心に刻まれたので、好き好んでコンクリート打ちっ放しで壁紙も貼らない部屋に住んでいるのは、まあ、人それぞれだなあと思う。